ヨコノリ革命
(1977年~1987年)
スノーボードがリゾートで禁止され、「ただの流行り」や「ウインターシーズンにおける最悪の新スポーツ」とまで呼ばれ禁止さていた時代。ジェイク・バートン・カーペンターは納屋でボードを作り、車で販売しながら、横向きに滑る自由を求めて山を歩き回りました。その情熱は、ひとりのライダーからまたひとりへと広がっていったのです。
スノーボード誕生から50年が経った今、その時代を形作った数々の瞬間、プロダクト、人々を振り返ってみましょう。
1977年
Burtonのはじまり
ジェイク・バートン・カーペンターはニューヨークを離れ、バーモント州ロンドンデリーへ。Burton Snowboards を立ち上げ、納屋でプロトタイプをつくり、裏山でテストを繰り返しました。
100本を超える試作の末、積層メープル材が Backhill の土台となりました。
1979年
最初のプロトタイプボード
BB1 Backhill と BB2 Backyard が Burton 初の量産ボードとなり、まだ生まれたばかりのスポーツに新しいシェイプとアイデアをもたらしました。
Backhill にはレギュラー用とグーフィー用が用意され、工具なしでバインディングを調整でき、トップとソールの両面にグラフィックが入りました。
ライダー:ジェイク・バートン・カーペンター / ロケーション:オレゴン州マウントフッド / Photo:不明
1981年
Burton、マンチェスターへ
Burton はロンドンデリーから、バーモント州マンチェスターにあるジェイクの自宅へ引っ越しました。納屋が工場、リビングが店舗、地下室が倉庫でした。オフィスは寝室です。
カタログへの問い合わせで、電話は昼夜を問わず鳴り続けていました。
写真:ロンドンデリーの最初の店舗
1982年~1983年
舞台は雪山へ
スーサイドシックスがスノーボードを認めた最初のリゾートとなり、1982年ナショナル・スノーサーフィン・チャンピオンシップを開催しました。
1983年、ジェイクはストラットンのスキーパトロールとともにスノーボードで滑り、大手リゾートとしては初めてスノーボーダーのリフト乗車を認めさせることに一役買いました。
1983年~1984年
雪山を滑るために
スノーボーダーがリゾートで滑れるようになるにつれ、Burton はスノーボード専用のギア開発に乗り出し、圧雪や変化する斜面でのコントロールを求めてスキーの技術に目を向けました。
1984年、ジェイクはスチールエッジと P-Tex ベースを備えたスノーボードを製造してくれるオーストリアのスキー工場を見つけました。同じ頃、Burton 初のスノーボードアウターウェアが Powder Shell として形になっていったのです。
商品写真:1985年 Burton カタログ
1985年~1987年
リゾートの解放
1985年、スノーボードを認めていたアメリカのリゾートは5%もありませんでした。そこからさらに11年、ジェイクや仲間の粘り強い働きかけを経て、1996年にアメリカのリゾートの95%がスノーボードを解禁しました。
滑れる場所が広がるとともに、Burton も広がっていきます。ヨーロッパに拠点を築き、ボード、ブーツ、バインディング、アウターウェア、バックカントリーギアを進化させ続けました。
ライダー:Andy Coghlan / ロケーション:カリフォルニア州ソーダスプリングス / Photo:James Cassimus
1977年
Burtonのはじまり
ジェイク・バートン・カーペンターはニューヨークを離れ、バーモント州ロンドンデリーへ。Burton Snowboards を立ち上げ、納屋でプロトタイプをつくり、裏山でテストを繰り返しました。
100本を超える試作の末、積層メープル材が Backhill の土台となりました。
1981年
Burton、マンチェスターへ
Burton はロンドンデリーから、バーモント州マンチェスターにあるジェイクの自宅へ引っ越しました。納屋が工場、リビングが店舗、地下室が倉庫でした。オフィスは寝室です。
カタログへの問い合わせで、電話は昼夜を問わず鳴り続けていました。
写真:ロンドンデリーの最初の店舗
1983年~1984年
雪山を滑るために
スノーボーダーがリゾートで滑れるようになるにつれ、Burton はスノーボード専用のギア開発に乗り出し、圧雪や変化する斜面でのコントロールを求めてスキーの技術に目を向けました。
1984年、ジェイクはスチールエッジと P-Tex ベースを備えたスノーボードを製造してくれるオーストリアのスキー工場を見つけました。同じ頃、Burton 初のスノーボードアウターウェアが Powder Shell として形になっていったのです。
商品写真:1985年 Burton カタログ
スノーボードがリゾートで禁止され、「ただの流行り」や「ウインターシーズンにおける最悪の新スポーツ」とまで呼ばれ禁止さていた時代。ジェイク・バートン・カーペンターは納屋でボードを作り、車で販売しながら、横向きに滑る自由を求めて山を歩き回りました。その情熱は、ひとりのライダーからまたひとりへと広がっていったのです。
スノーボード誕生から50年が経った今、その時代を形作った数々の瞬間、プロダクト、人々を振り返ってみましょう。
1979年
最初のプロトタイプボード
BB1 Backhill と BB2 Backyard が Burton 初の量産ボードとなり、まだ生まれたばかりのスポーツに新しいシェイプとアイデアをもたらしました。
Backhill にはレギュラー用とグーフィー用が用意され、工具なしでバインディングを調整でき、トップとソールの両面にグラフィックが入りました。
ライダー:ジェイク・バートン・カーペンター / ロケーション:オレゴン州マウントフッド / Photo:不明
1982年~1983年
舞台は雪山へ
スーサイドシックスがスノーボードを認めた最初のリゾートとなり、1982年ナショナル・スノーサーフィン・チャンピオンシップを開催しました。
1983年、ジェイクはストラットンのスキーパトロールとともにスノーボードで滑り、大手リゾートとしては初めてスノーボーダーのリフト乗車を認めさせることに一役買いました。
1985年~1987年
リゾートの解放
1985年、スノーボードを認めていたアメリカのリゾートは5%もありませんでした。そこからさらに11年、ジェイクや仲間の粘り強い働きかけを経て、1996年にアメリカのリゾートの95%がスノーボードを解禁しました。
滑れる場所が広がるとともに、Burton も広がっていきます。ヨーロッパに拠点を築き、ボード、ブーツ、バインディング、アウターウェア、バックカントリーギアを進化させ続けました。
ライダー:Andy Coghlan / ロケーション:カリフォルニア州ソーダスプリングス / Photo:James Cassimus
1985 Powder Shell 数量限定復刻
すべての始まりとなったアウターウェアが、現在のテクノロジーと3レイヤーのパフォーマンスで帰ってきました。
Burton50周年限定コレクション第一弾が発売中!スノーボード草創期からインスピレーションを得た限定復刻モデルです。
1985 Powder Shell 数量限定復刻
すべての始まりとなったアウターウェアが、現在のテクノロジーと3レイヤーのパフォーマンスで帰ってきました。
Burton50周年限定コレクション第一弾が発売中!スノーボード草創期からインスピレーションを得た限定復刻モデルです。
ライダーの声を聴け
(1987年~1997年)
当たり前への反抗。クレイグ・ケリーのようなパイオニアたちの登場で、カルチャーとクリエイティブが爆発的に広がりました。大企業に買収されることなく独立を守ったBurtonは、「ライダーの声に耳を傾ける」という一貫した信念でカオスな時代を乗り切ります。